エッジAIは近年、注目を集める新たな技術としてさまざまな業種で導入が進んでいます。それは、カメラ、自動車、機械デバイスなどの端末に直接AIを搭載し、処理を行うもので、セキュリティ、高速性、コスト削減といったメリットが期待されています。
しかし、具体的な活用方法やユースケースを十分に理解されている方は少ないのではないでしょうか?
本記事では、そんなエッジAIの定義やメリットだけでなく、具体的な活用事例を紹介します。エッジAIを理解する際の参考にしてみてください。
エッジAIとは
エッジAIとは、「エッジデバイス」つまり、デバイスやセンサーなどの端末自体でAI(人工知能)の処理を行う技術のことを指します。
従来のAIシステムでは、センサーやデバイスが収集したデータをクラウドサーバーに送信し、そこでAIによる解析が行われるという流れが一般的でした。しかし、これにはデータ転送に時間がかかる、ネットワークが混雑してしまう、プライバシー保護の問題などが発生します。
エッジAIでは、これらの問題を解消するために、AIの処理をデバイス自体で行います。つまり、クラウドにデータを送信する前に、デバイス自体でデータを処理したうえで、個人情報に当たらない情報だけをクラウドに送信したり、あるいは情報を一切送信しなかったりといった選択が可能となるのです。
たとえば、カメラで撮影した画像をカメラ内で解析し物体や人物を検出したり、センサーと組み合わせて機械の異常を検出したりすることが可能になります。
エッジAIに使用されるデバイス
実際に、エッジAIとして使用されるデバイスを2つ紹介します。ここで紹介する端末は、電子機器を販売する店舗やインターネットで購入可能です。
Raspbrerry Pi
Raspberry Pi(通称「ラズパイ」)は、Linuxを動かせるシングルボードコンピュータであり、カードサイズの小さな筐体でありながら、パソコンと同等の性能を有しています。Raspberry Piはパソコンと同じLinux(リナックス)と呼ばれるOSを動かせるため、パソコンと同じ処理を端末上で実行可能です。
また、高い拡張性能を持つこともRaspberry Piの大きな特徴であり、カメラやセンサーといった機器を接続する前提でつくられています。購入しやすく調達も容易であることから、エッジAIを実現するためのPoC(実証実験)において採用率の高いデバイスです。
Jetsonシリーズ
Jetson(ジェットソン)シリーズは、グラフィックカードのメーカーとしても有名な「NVIDIA(エヌビディア)」の販売する小型コンピュータで、エッジコンピューティングに特化したデバイスです。
Jetsonシリーズの特徴は「AI」の利用を前提としていることから、GPUに相当する機能を有しているという点です。Raspberry Piが汎用的な機能を有しているのに対し、JetsonシリーズはAIに特化したデバイスであるといえるでしょう。
Jetsonシリーズは、エントリーのJetson nanoから、高度なAI処理を実現できるJetson AGXまで、用途に応じたさまざまなデバイスを用意しています。Raspberry Piと比較すると高価なデバイスですが、高いAI処理性能を誇っているので、高速な処理や多くのデータを一度に扱いたい場合に向いている端末です。
エッジAIとクラウドAIの違い
エッジAIとの比較として用いられるのが「クラウドAI」です。ここでは、そのクラウドAIとエッジAIの違いを解説していきます。
クラウドAIとは
エッジAIと対極に位置する存在が「クラウドAI」です。話題沸騰中のChatGPTをはじめとするWebを介して使用するAIのほとんどは、この「クラウドAI」に分類されます。
クラウドAIのメリットは、クラウドならではの大規模なリソースを利用して処理を行うAIであり、エッジAIと比較しても大量のデータを一度に扱えるため、より高度な処理が実現できます。
クラウドAIとエッジAIの使い分け
エッジAIとクラウドAIは、主な使い方が異なるため「どちらか一方のみを使う」のではなく、「両方をうまく活用すること」が重要です。
たとえば、「高速な処理が必要なもの」をエッジAIで処理し、その処理結果をクラウドAIへ送信します。エッジ端末からクラウドAIに送信された大量のデータを分析することで、ビジネスに活用できるデータへと変換できるのです。
エッジAIのメリット
それでは、エッジAIにはどのようなメリットがあるのでしょうか。3点挙げていきたいと思います。
ネットワーク接続が不要
エッジAIの大きな特徴として、クラウドAIと異なりデバイス単体でAI処理を行えることが挙げられます。インターネットに接続しなくてもAI処理を行えることから、インターネットへの接続が難しい土地でもAI処理を作動させることが可能です。
処理が早い
クラウドAIの最大のデメリットとして挙げられるのが「遅延」です。クラウドとの通信をする関係上、以下の手順を踏まなければなりません。
- クラウドAIへデータを送信
- クラウドAIで処理を受信
- 処理結果の受信
そうなると、エッジデバイス上でデータを観測してから結果が出るまで最短でも1秒単位の時間がかかります。
一方で、エッジAIの処理はインターネットを介さずにデバイス内で処理を行うため、一瞬で処理が完了します。
そのため、反応速度が求められるような条件下において、エッジAIは大きな力を発揮することでしょう。
情報流出の可能性が低い
エッジAIは、外部にデータを送信せず、デバイス内でデータ処理を実行できます。データを外部に送信しないため、情報流出の可能性が低くなるのです。
たとえば、カメラの画像には個人情報や機密情報が含まれる可能性があります。クラウドAIで処理をする場合には画像をクラウドに送信するため、その画像が流出する可能性は否定できません。
エッジAIであれば、画像を外部に送信せずにエッジ端末内での処理が可能です。最終的には個人情報や機密情報を含まないデータのみを外部に送信することも可能なので、情報流出の危険性を最小限に抑えられます。
エッジAIが活躍できる分野
エッジAIはどのような場所で活躍できるのでしょうか。いくつかの例を紹介します。
工場
エッジAIが活躍する分野として挙げられるのが製造業をはじめとする工場です。
工場における製造プロセスと品質管理は、製品開発・販売において重要な要素といえるでしょう。エッジAIを活用することで工場の状況を見える化し、経営判断の最適化が期待できます。
たとえば、カメラやセンサーからのリアルタイムのデータを直接分析することで、異常検知や予測保全ダウンタイムの削減、生産効率の向上が図れるでしょう。
また、機密性が高い製造データを工場内に保持しつつ処理することで、データセキュリティも確保できます。
店舗
さまざまな物品を販売する小売店舗においても、顧客体験の向上や従業員のオペレーション効率化にエッジAIを活用できます。
たとえば、店内カメラから得られる映像データをエッジデバイスで処理することにより、商品の在庫状況や店舗の混雑状況、来店者の属性をリアルタイムで把握でき、店舗経営の効率化が図れるでしょう。
人の入れ替わりが激しい小売店舗だからこそ、処理速度の高いエッジAIが必要とされているのです。
自動運転
自動運転の分野では、エッジAIがいたるところで活躍しています。
公道を走る自動車を自動運転化するには、対向車や歩行者、予期しない障害物などを瞬時に検出しなければなりません。その際、クラウドAIでは通信によるラグや通信障害による処理不能が起こりかねないため、事故を引き起こす要因になりえるのです。
そのため、通信を必要としないエッジAIは、自動運転において非常に重要な要素といえます。自動運転では、主に「センサーによる周囲情報の収集」と「カメラによる物体認識」を行い、それらを基に「自己位置情報」を検出し運転経路を計算し、自動車を操作しています。
スマートフォン
一般的には馴染みの薄い単語である「エッジAI」ですが、身近な場所でも活用されています。その最たる例が「スマートフォン」です。
いまや標準搭載となりつつある顔認証や、「AIカメラ」と呼ばれる高機能なカメラ性能もエッジAIがあってこその機能であるといえるでしょう。AppleのiPhoneやGoogleのPixelシリーズはAIに特化したプロセッサを搭載しており、デバイス単体でも高い処理性能を実現できています。
スマートフォンは個人の情報が詰まっているデバイスです。エッジAIの性能向上により、ユーザーは余計なデータを外部に送信せずにAIの便利な機能を享受できるのです。
エッジAIの企業導入事例
エッジAIがさまざまな分野で活躍していることを理解したところで、実際にどのように各企業がエッジAIを活用しているのかを確認していきましょう。
DENSO TEN Japan:ドライブレコーダーの画像を解析
カーナビやオーディオ製品を製造・販売するデンソーグループの電機メーカーであるDENSO TEN Japanは、エッジAIを活用した新技術を2023年2月に発表しています。
ドライブレコーダーの映像から危険なシーンをリアルタイムで検出するもので、「信号無視」や「車線逸脱」といった交通事故の要因となるシーンを、走行中に検出できます。
高性能・高速のエッジAIを車載器に搭載し、独自の画像認識アルゴリズムを活用することで、危険シーンの迅速な抽出が可能となっているのです。
参考:DENSO TEN Japan「ドライブレコーダーの車載カメラ映像から交通事故の原因となる危険シーンを高性能・高速エッジAIがリアルタイムで検出する技術を開発」
北洋銀行における振り込め詐欺対策
株式会社JVCケンウッドとビズライト・テクノロジーは、エッジAIカメラを活用して振り込め詐欺を未然に防ぐソリューションの実証実験を北洋銀行の実店舗で行いました。
このソリューションは、電話をかけながらATMを操作している人や順番を待っている人の行動をエッジAIカメラで検出し、怪しい動きがあれば店内の職員に通知します。職員が状況に応じて適切な対応をすることで、詐欺を未然に防ぐことが可能となるのです。
また、このカメラはその内部でAIによるディープラーニング処理を行い、映像をサーバーに送信することなく独自に分析するため、プライバシー情報の漏洩の危険性が極めて低いという特徴があります。
参考:株式会社JVCケンウッド「ビズライト・テクノロジー社と共同開発中のエッジAIカメラを活用し振り込め詐欺を未然に防ぐソリューションの実証実験を北洋銀行で実施」
クボタの目指す「自動化・無人化」の未来
農業用機械を展開する株式会社クボタは、農機具とICTをかけ合わせた次世代の農業スタイルである「スマート農業」を推進しています。そのなかで、農業機械の自動運転を実現する取り組みとして、エッジAIのデバイスを展開するNVIDIAとのパートナーシップを発表しました。
農業機械にカメラを搭載したJetsonを搭載し、画像を分析することで、農耕地の状況把握や、人や動物の侵入を検知した事故回避が可能となります。エッジAIを活用することで、通信環境に依存することなく、リアルタイムでの最適化が可能となります。つまり、電波の届かない、または通信状況の悪いような土地であっても利用可能ということです。
参考:株式会社クボタ「NVIDIAとの戦略的パートナーシップがもたらす最新AI技術導入への期待とは」
メルセデスの目指すデジタルファースト
日本でも高い人気を誇る自動車メーカーのメルセデス社では、AIベンチャーであるModcam社と共同で店舗にエッジAIの導入を推進しています。
店舗やショールームに人の流れを感知するセンサーやカメラを搭載したJetson nano端末を設置することで、人の流れや顧客の詳細なデータをリアルタイムで取得しています。たとえば、カメラ画像データをエッジ端末で処理することで「40代男性」といった特徴のみを抽出することが可能です。
画像は保存されず即時に破棄されるため、顧客の購買嗜好に関する有益な情報のみを安全に引き出せるようになります。取得したデータを基に店舗やショールームのレイアウトの構築に活用することで、顧客体験の向上に努めています。
参考:NVIDIA「小売業を活性化: Mercedes-Benz Consulting が Modcam の店舗分析を使用して販売店のレイアウトを最適化」
渋谷のスマートシティプロジェクト
デジタル技術を活用してその地域の課題解決に取り組む活動をする街づくりを推進している地域をスマートシティと呼びます。
このスマートシティを渋谷に実現するため、社団法人である「渋谷未来デザイン」が中心となり、産官学民で取り組む団体である「渋谷データコンソーシアム」を発足して活動しています。
このプロジェクトでは、カメラを搭載したエッジAIを渋谷エリアに配置し、その撮影データを複合的に可視化・分析することで防犯やマーケティングに新たな視点を提供することを目指しています。
不特定多数の人物の写真が常に撮影されるということは、場合によっては個人情報の特定などが起こる可能性も考えられます。この問題を解消するのがエッジAIです。AIカメラで撮影した映像はそのまま公開されることはなく、AIカメラの内部で処理され、個人を特定できない情報に加工したうえで外部へ送信されます。
撮影された画像自体は端末に残らないため、個人の情報は守られます。このように、リスクを低減し安全にデータを収集できることは、エッジAIならではのメリットを活用したわかりやすい事例といえるでしょう。
参考:一般社団法人渋谷未来デザイン「100台のAIカメラが変える「未来の渋谷」」
エッジAIでDXを推進
エッジAIを導入することにより、「今まで人力で行っていたことの自動化」や、「これまで観測できなかった事象の観測」が可能になります。たとえば、工場にエッジAIを導入する目的として「工場の稼働率向上および故障による停止リスクの低下」などが挙げられるでしょう。
したがって、「自社の課題をエッジAIでどのように改善できるのか」を考えることこそ「エッジAIの導入によって自社のDXを推進している」ことにつながっているのです。
ただし、エッジAIは生成AIであるChatGPTのように「導入しただけでDXが達成できる」ものではありません。また、エッジ端末の購入も必須であるためイニシャルコストが高くなることも注意しなければいけないでしょう。
まずDX化の第一歩として、自社の課題を洗い出し、それらの課題はエッジAIの導入によって解決できるのかを考えるところから始めてみてください。